引退後レスラー

吉田万里子(プロレス)の引退理由は?結婚や旦那は?

プロレスファンの皆さん、こんにちは。

今回は、全女にいながらもルチャリブ
レを織り交ぜたプロレスを展開してい
た、吉田万里子さんについて、ご紹介
していきたいと思います。

吉田万里子のこれまでの足跡と引退まで


まずは、プロフィールを紹介します。

  • 本名:盛田万里子(旧姓:吉田
  • 身長:163㎝
  • 体重:65㎏
  • 生年月日:1970年2月15日
  • 出身地:広島県御調郡向島町
  • デビュー年:1988年
  • 引退日:2017年11月19日

1988年、全日本女子プロレスに入
をしてプロレスラー生活が始まります。

デビューから4年後、メキシコに短期
遠征をしてルチャリブレに技術を習得
しました。

帰国してからは、三角飛びプランチャ
をはじめとするさまざまな攻撃を「マ
リポーサ殺法」と呼び、ハイレベルな
空中殺法で観客を魅了し注目されてき
て、全女の中でも好感度ナンバー1の
評価も得ていました。

1992年10月、試合で頚椎損傷の
ケガを負って、1年10ヶ月にわたっ
て欠場を強いられることになってしいます。

この欠場中においても、他団体の試合
を見ることもあったのですが、その中
でもUWFインターナショナルを観戦
して感化されて、これがきっかけで空
中殺法を主体にしていたこれまでのフ
ァイトスタイルから関節技を中心にし
たものに変化させることを決意しました。

この時の師匠に選んだのが、藤原喜明選手でした。

1994年8月に復帰をすることにな
るのですが、体調の問題や吉田さん自
身の目指していく方向性と、全女上層
部の意向との間で板挟み状態になって
しまい、同期であった井上貴子や井上
京子のW井上と比べても精彩を欠くよ
うになってきました。

1997年にCMLL世界女子王座に
就くのですが、その年の9月には全女
を退社することになり、アルシオンに入団することになりました。

そして、アルシオンに入団してからは、
完全に空中技を封印することになり、
完全にサブミッションレスラーとなり
ました。

アルシオンのシングル王座であるクイ
ーン・オブ・アルシオンにおいては、
アジャコングや浜田文子はじめとする
選手を破り、初代王者に君臨しました。

2004年には、アルシオンが
Z-SPIRITSに吸収され
AtoZになりそのままスライドする
形になるのですが、方向性の違いから
退団することになります。

その後、フリーランスのユニット
M’s Styleを結成して、国内だ
けではなくアメリカにも遠征して積極
的に参戦していきます。

2005年からは、自身の主催興行である
「息吹」を開催するようになってきま
した。

当初は、自身がメインを張ることが基
本でしたが、徐々に試合順も中盤から
最後は第一試合になってきて、
2008年を最後に選手活動から降り
て、プロデューサーとして専念するこ
とになってきました。

2009年5月から「体幹チューニン
グ」カラダ調律師の資格を取り、イン
ストラクターとしての活動も始めるこ
とになりました。

2011年には、井上京子らによって
旗揚げされた「ワールド女子プロレス
ディアナ」に選手復帰をするのですが、
先述のインストラクターも継続してい
たため、出場機会は不定期になります。

また、吉田さんを慕う後輩レスラーは
多く、後輩と練習もしていて、その状
況は業界誌では「吉田道場」と呼ばれ
るほどのものでした。

そして、2017年11月19日に
新宿FACE
「MARIKO FINAL」という
ネーミングで引退興行を行い、トータ
ル29年間のプロレス人生に幕を下ろ
しました。

引退した理由については、20年以上
前に頚椎損傷のケガの時点で、実際に
医者から引退勧告をされていたのに、
復帰して試合を続けてきたことが最大
の原因でした。

そして、これまで引きずりながら無理
をしてきたことから他のところにも負
荷がかかってきて、最終的に引退を決
意せざるを得なかったということが理
由であるということが、引退興行の記
者会見にて発表されています。

吉田万里子は結婚しているのか?


吉田さんは、本名が「盛田万里子」
なっていますので、結婚はしていると
いうことは間違いないということが言
えるでしょうが、ご主人さんが誰でど
んな方でということは一切情報が出て
いないので、わかりませんでした。

吉田万里子の試合映像


ここからは、吉田さんの試合映像をご
紹介していきましょう。

1996年8月30日
ジャパングランプリ
井上貴子vs吉田万里子戦です。

2001年4月21日
クイーン・オブ・アルシオン
タイトルマッチ
浜田文子vs吉田万里子戦です。

この時は浜田選手がチャンピオンでした。

まとめ


吉田万里子さんについてご紹介してき
ましたが、いかがでしたでしょうか?

ここでは触れませんでしたが、吉田さ
んはアルシオン時代に、試合で不慮の
事故があり、対戦相手が結果として亡
くなるということもありました。

このことは、引退するまで(今現在も
そうかもしれません)ずっと頭の中に
残っていたことです。

それでもプロとしてプロとしてのプラ
イドを貫いてきた選手です。ただ他の
選手と大きく異なるのは、決して一人
プロレスラーをしてきたという訳で
はないということでしょう。

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