フリー

船木誠勝の現在と鈴木みのるの関係は?結婚した嫁や筋肉や試合がすごい!

プロレスファンの皆さん、こんにちは。

今回は、50歳になった今でも現役で
活躍を続ける

船木誠勝選手

をご紹介していきたいと思います。

新日本からパンクラスをはじめ、
総合格闘技でも活躍してきた船木選手
ですが、そんな船木選手の現在などに
ついて見ていただければと思います。

船木誠勝のこれまでと現在は?


まずはプロフィールからご紹介して
いきましょう。

  • 本名:船木優治
  • 身長:181㎝
  • 体重:90㎏
  • 生年月日:1969年3月13日
  • 出身地:青森県弘前市
  • 所属:フリー
  • スポーツ歴:骨法
  • デビュー日:1985年3月3日

もともと船木選手は、新日本プロレスに
入門してデビューを果たしますが、第2次
UWFからプロフェッショナルレスリング藤原組
と渡り歩き、完全実力主義を掲げて旗揚げ
するパンクラスの設立に携わります。

パンクラスでは、船木選手自らがエース
として活躍していました。

ただ、プロレスというジャンルで始めた
パンクラスも当時の時代の流れに逆らう
こともできなかったのか総合格闘技団体
に転向していくことになります。

2000年にヒクソン・グレイシー戦をもって
一度現役を引退し、芸能活動にシフト
していくのですが、2007年に総合格闘家
として復帰を果たし、その後2009年には
プロレスラーとしても再始動をしていきました。

船木選手の同期は、闘魂三銃士の武藤敬司・
蝶野正洋・橋本真也、野上彰(敬称略)
というスター勢ぞろい世代のひとりです。

デビュー戦は、15歳11か月という当時では
史上最年少のデビュー記録を塗り替えた
といわれていました。

デビューから4年後の1989年第2次UWFに
入団し、先述の通り藤原組から
パンクラスへと移っていきます。

パンクラスでは、団体の冠の付いた王座
であるキング・オブ・パンクラシストにも
君臨し、まさに団体のエースとなりました。

そして、ヒクソン戦でパンチでヒクソン選手
の左眼窩底骨折にするも、まさかの失神KOで
敗戦してしまいます。

その試合後には、

「格闘技は勝負が一回だけなので、失神したら
終わりですから。潔く足を洗う決心をしました。」

とコメントをしています。

2000年12月船木誠勝引退興行を開催して、
ともに骨法に取り組んでいた
獣神サンダー・ライガー選手などが
集まり最後は胴上げが行われる温かい
興行でした。

その後は、芸能活動の傍ら格闘技番組の
コメンテーターやプロレスラー育成の
ためのコーチなども行っていたのですが、
2007年の大みそかに
K-1 PREMIUM 2007 Dynamite!!
桜庭和志戦で現役復帰を果たしますが、
一本負けを喫します。

その後は、総合格闘技からは一線を画す
ことになり2009年から全日本プロレスで
プロレス界復帰を果たします。

全日本では武藤敬司選手と世界タッグ王座
を奪取するほか、鈴木みのる選手とは
金網マッチでKO勝利をしたりと活躍を
続け、2012年には古巣の新日本プロレス
にも参戦しました。

2012年には、全日本の至宝である
三冠ヘビー級王座にも就き、
4度の防衛を果たします。

2013年からはWRESTLE-1に所属し、
ZERO1-MAXの世界ヘビー級王座に
就いたりもしていましたが、その後は、
フリーとしてDRAGON GATEや
DDTプロレスリングなどに初参戦も
しています。

特筆すべきは、これまでの船木選手の
路線からはほぼ無縁といっても
過言ではない大仁田厚選手が持っていた
爆破王のベルトを一度も被爆することなく
戴冠するという偉業も成し遂げると
いうこともありました。

現在は、プロレスラーとしてはフリーの
立場として多くの団体に参戦していますが、
芸能活動などにおいては松竹芸能の
所属になります。

また定期的に、YouTubeで動画も
配信しており、YouTuberとしての
一面も持ち合わせる選手でもあります。

船木誠勝と鈴木みのるの関係は?


鈴木選手は、船木選手の後輩なのですが、
ふたりは厚い友情で結ばれていました。

新日本の若手の時、鈴木選手と一緒に
飲みに行ったときに、素人相手に喧嘩を
してしまい現行犯逮捕されてしまうの
ですが、実は鈴木選手だけが解雇に
なりそうになったのです。

しかし船木選手は、

「鈴木をクビにするなら、俺もクビにしてください」

と懇願し、二人で謹慎処分を受けたという
エピソードもありました。

しかし、パンクラスに行ってからは、
船木選手にとっては総合格闘技路線に
近い戦いはある意味理想的なもので
あった反面、鈴木選手としては本当に
したいことからは徐々に離れていって
しまう状況になってしまいました。

そこから、鈴木選手はパンクラスでは
精彩を欠くようになり、引退までも
考えることになるのですが、例の
ライガー選手との試合を機に
プロレス界に復帰をしていくのですが、
船木選手は引退をすることになります。

のちの復帰戦でも桜庭選手相手に
振るわず、プロレス界に復帰をしても
これまで立ち位置としては、
ずっと船木選手の方が上を行っていた
のが船木選手の復帰で状況は入れ替わる
ことになりました。

年齢は同い年でも新日本の入門は船木選手
の方が3年先輩でしたので、プロレス界に
おいては鈴木選手からしてみれば、
永遠の先輩だったということです。

そんな船木選手に胸を貸すという意味合い
の立場になった鈴木選手としては因縁深く
持っていくことで試合を盛り上げていた
のかもしれません。

先日のライガー選手との試合もあれだけ
因縁深い状況を作り出した鈴木選手も
最後は座例で締めるということを考えると、
船木選手との試合も最大限のリスペクト
もって臨んだ試合だったと思います。

表にはいい関係性を見せないように
なっていますが、裏ではいい関係性が構築
されているのではないでしょうか。

船木誠勝の結婚した嫁は?筋肉もすごい?


船木選手は、以前に離婚を経験されいる
そうですが、今は再婚をされていて、
お相手は元舞台女優の喜山いづみさんです。

喜山さんと交際していたときは、
その時の奥さんとの離婚協議が
始まっていたということですので、
なかなかどろどろとしたものだった
ようです。

また、船木選手の身体は、筋肉がすごい
という印象があると思います。

それは、パンクラスの時、特にすごかった
ようですが、トレーニングももちろん
ですが、食事についても相当気を使って
いた結果だといわれています。

一番多かったときは160㎏の体重の時も
あったそうです。

それが今90㎏すごいことです。

船木誠勝の試合映像は?


それでは試合映像を見てみましょう。

1989年8月13日
UWF 横浜アリーナ
高田延彦 vs 船木誠勝

船木選手の骨法殺法が随所に出ています。

まとめ


今回は、船木誠勝選手について見て
いただきました。

総合格闘技の船木選手をイメージする
方も多いでしょうし、プロレスラーの
船木選手をイメージする方も
いらっしゃるでしょう。

どちらの顔もすごい存在感を持っており、
強さを存分に発揮するレスラーでは
ないでしょうか。

これからも、鈴木選手とともに
この世代の代表格として頑張って
いただきたいです。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です