引退後レスラー

木戸修(プロレス)の現在は投資家?結婚や試合動画や入場曲!

プロレスファンの皆さん、こんにちは。

今回は、まさにこれぞ「いぶし銀」と
いわれる戦いを行ってきていた木戸修
選手についてご紹介していきましょう。

木戸修のこれまでの足跡


まずはプロフィールからご紹介してい
きます。

  • 本名:木戸修
  • 身長:180㎝
  • 体重:105㎏
  • 生年月日:1950年2月2日
  • 出身地:神奈川県川崎市
  • デビュー日:1969年2月21日

木戸さんは、1968年に日本プロレ
スに入門し、翌年2月にプロデビュー
を果たしたのですが、このデビュー日
というのは、アントニオ猪木さんが日
本プロレスを除名された日です。

デビューから約2年後の1971年に
藤波辰巳(現:辰爾)選手とともに日
本プロレスを退団して、1972年に旗揚
げされる新日本プロレスに参加してい
きます。

しばらくして、藤波さんとともに西ド
イツに海外遠征に行き、続いてアメリ
カのカールゴッチ道場に入門して、ゴ
ッチさんから直接レスリングの技術を
吸収していきました。

ゴッチさんは、木戸さんのことを「私
の領域に一番近づいた男」とか「息子」
と評価をしています。

こういったレスリングがベースになっ
たいきましたので、凱旋帰国した後の
新日本におけるファイトスタイルもこ
ういったことを継承すべく試合を行っ
ていきましたし、言葉をほとんど発し
ないということもある意味災いし、
座での出場がほとんどになって、とも
に遠征していた藤波さんとは大きな差
が出てきてしまいました。

しかし、UWFの誕生で、この立ち位
置が大きく変わっていきます。

1984年に第一次UWFに参加をす
ると、今までのファイトスタイルが大
きく実を結ぶことになって、職人肌と
もいわれるいぶし銀のグラウンドテク
ニックが少しずつではありましたが、
評価が高くなってきたのです。

ちなみに、UWF内で行われたリーグ
戦でも木戸さんが優勝しています。

1985年に第一次UWFが崩壊して
しまうと、再度新日本に戻ることに
なり、そこではキドクラッチやわき
固めを必殺技として立ち位置をあげ
ていき、1986年には前田日明さん
とともにIWGPタッグチャンピオン
も獲得しました。

木戸さんは、こういったことから人気
も高まってきたのですが、ことさら北
海道札幌エリアにおいては、この傾向
がさらに大きいものでした。

特に1990年以降、新日本は大技が
攻防の主体になっていき、その中で切
れ味抜群のレスリングスタイルで戦い
をする木戸さんは「新日本の良心」
も呼ばれていて、札幌エリアでは人気
がすさまじいものがありました。

札幌大会は、藤原喜明選手の長州力襲
撃事件をはじめとする事件・ハプニン
グは本当に多く出てしまい、試合もち
ゃんと成立しない傾向が多くありまし
た。

しかし、木戸さんの試合では、そうい
ったことが全くと言っていいほど起こ
らない安心してみることができる試合
になっていましたので、そういったと
ころがとても札幌でのファンは嬉しか
ったんだと思います。

新日本の札幌大会では、会場中に木戸
さんの幟が立ち、講演者の方から贈ら
れた法被を着て木戸さんは登場してく
るものですから、大歓声が出ないわけ
がありません。

特に縁もゆかりもない地域でこういっ
た手厚い応援は木戸さん自身もとても
嬉しかったことでしょう。

札幌ドームのこけら落としの大会では、
全ての選手を代表して木戸さんがオー
プニングのあいさつを行うような人気
でした。

また、木戸さんの存在感を大きく感じ
ることができたのは、全日本プロレス
やWARとの対抗戦でした。

木戸さんのサブミッションで相手を苦
しめるような戦法は、切り札的存在
して大きく期待もされていました。

その期待に見事にこたえて、特に
WARとの対抗戦においては、
天龍源一郎さんにわき固めなどで攻め
続けて天龍さんの右手を破壊したとい
うこともありました。

これによって、天龍さんはほぼ戦闘不
能状態に追い込まれて、新日本勝利に
大きく貢献することになりました。

2001年11月2日、地元の横浜文
化体育館で引退記念興行が行われて、
いったん現役引退をしました。

この時の引退セレモニーは、木戸さん
の人柄の良さが出たようなとてもホッ
コリとするようなもので、非常に良い
引退セレモニーでした。

しかし、4年後の2005年、ビッグ
マウスラウドの選手として現役復帰を
果たし、さまざまな団体に参戦をして
いきましたが、近年はほとんど試合を
見ることはできなくなっています。

木戸修は結婚している?お子さんは?


木戸さんは、引退セレモニーにおいて
も、お姉さんや二人の愛娘から花束を
贈られていますので、結婚もお子さん
もいるということは間違いありません。

セレモニーの後のマスコミからのイン
タビューでも「家族」というワードを
使っていることからも、とても家族を
大切にしていることがわかります。

ちなみに、長女の木戸愛さんは、プロ
ゴルファーとして活躍しています。

木戸修は投資家として活躍しているのは本当?


ネットで「木戸修 投資家」と検索す
ると、いろいろ情報を見ることができ
るのですが、真実は確実ではないので
すが、この木戸さんとはどうやら一致
しないというように見えてきますので、
おそらく異なる方ではないかと思いま
す。

木戸修の試合映像や入場曲は?


では試合映像から見ていきましょう。

1990年2月10日 東京ドーム
ジャンボ鶴田・谷津嘉章
VS木村健吾&木戸修

伝説の新日本対全日本の対抗戦での試
合です。

1994年9月26日
神戸ワールド記念ホール
グレート・ムタ vs 木戸修

このマッチメイクはなかなか見ること
ができないですが、実は2度目のシン
グルマッチだったということも武藤さ
んの解説付きで見ていただけます。

入場曲もご紹介します。

入場曲は、
「BLACK-RIDER」という曲
で、聞いたことが何となくあるという
方も多いのではないでしょうか。

まとめ


木戸さんが、プロレスラーになろうと
した理由は、実のお兄さんである木戸
時夫さんが関係してきます。

お兄さんも実は日本プロレスに入門し
たプロレスラーでした。

しかし、練習中の事故によって脊髄を
損傷してしまい、志し半ばで引退をせ
ざるを得ませんでした。

お兄さんの闘病生活を木戸さんは常に
見守っていたのですが、その過程の中
「兄が叶えることの出来なかった夢
を自分が代わりに叶えてあげたい」
思うようになって、自分自身がプロレ
スラーになりたいということを考える
ようになってきました。

しかし、このことについては、木戸さ
んの引退セレモニーで自身の言葉が発
せられるまで全く知られていることで
はありませんでした。

こんな木戸さんの人柄の良さが見える
のですが、試合では切れ味鋭いサブミ
ッションは今でも印象に残っています。

また、マスターズなどで見せてもらい
たいですね。

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