引退後レスラー

鶴見五郎の現在や結婚や嫁や娘は?おすすめ試合動画や入場曲!

みなさんコンニチハー!

あなたがこのページに辿り着いたという事は
コアなプロレスファンですね!

そうです、
今回は国際プロレスのレジェンドの
鶴見五郎選手にスポットを当てています!

自分は子供の頃に全日本プロレスに上がっていた
鶴見五郎のファイトをよく観ていました。

その頃はファイトタイルというよりも
その悪そうな風貌が特に印象に残っています。

鶴見五郎は大半はインディーで
活躍していましたが、存在感はとてもありましたね。

鶴見五郎ってどんなレスラーだったか?

改めて鶴見五郎の基本紹介からどうぞ。

鶴見五郎のプロフィール

  • リングネーム:鶴見 五郎 / ゴロー・タナカ / ホー・チン・ロー
  • 本名:田中 隆雄
  • ニックネーム:はぐれ熊
  • 身長:181cm
  • 体重:135kg
  • 誕生日:1948年11月23日(70歳)
  • 出身地:神奈川県横浜市
  • スポーツ歴:レスリング
  • デビュー:1971年7月12日
  • 引退:2013年8月22日

鶴見五郎は大学時代に
アマチュアレスリングをしていました。

ただ、大学にレスリング部はなかったので
練習場を確保するのに苦労したみたいです。

その後、サンダー杉山の紹介で
国際プロレスに入団します。

入団後にしばらくして剛竜馬とともに
海外修行に出て、プロレスの基本を学びます。

帰国後は中堅のレスラーのポジションでしたが、
外人レスラーへのギャラを払えなくなった
団体側からヒールに転向する事を打診され、
ミスター珍をマネージャーとして
大位山勝三とともに独立愚連隊を結成します。

これは日本人初のヒール軍団の誕生でした。

ほどなくして国際プロレスは倒産。

鶴見五郎はフリーとして活躍の場を
全日本プロレスに移します。

全日本プロレスでも中堅レスラーの
立ち位置でしたが、
あまり負け役を任される事が
なかった事から全日本からは
重宝されていた事がわかります。

現にジャイアント馬場から
正式に入団を勧められていました。

しかし、、
1990年になんとSWSに入団してしまいました。

あの頃のSWSは新日本や全日本から
相当なレスラーを集めていて、
ギャラも良かったらしいので
魅力がある団体だったのは確かです。

でも、全日本でラッシャー木村達と
ファミリー軍団の一員になっていた方が
安定したレスラー生活を送れていた気はしますが・・

ただ、SWSでのジョージ高野との戦いは
本人が生涯のベストバウトに挙げるほど
評価が高い試合でした。

SWSが崩壊後は、鶴見五郎自ら
IWA格闘志塾を設立。
(後の国際プロレスプロモーション)

団体設立と平行して
鶴見五郎トレーニングジムも開きました。

このジムで有力な若手をプロレスラーにするべく
鍛えており、自分の団体のリングでデビューさせていました。
有名な選手としてDDTプロレスの高木三四郎がいます。

団体は小規模ながら神奈川県を中心に
興行をしていましたが、資金不足から
興行を組めなくなるなど、
段々と経営難となっていきました。

2006年、鶴見五郎が引退を表明し、
2013年に茅ヶ崎青果市場で引退試合をしました。
(弟子の高木三四郎のDDTも全面協力した興行でした)

引退試合後のマイクでは
「長いようで短いリング生活でした。両足がダメなんです」
と長年に渡って闘病している事を
ファンに発表しました。

鶴見五郎の現在は?

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うっ滞性潰瘍という病気で闘病中です。

鶴見五郎の魅力とは?

長い間現役で活躍していた
鶴見五郎の魅力とは何だったしょう?

一言で表すと
名脇役だと思います。

相手を引き立たせる術に長けており
それでいて独特の存在があります。

鶴見五郎とザ・マミーの試合を
観ましたが、ザ・マミーばかりに
目が行ってしまってザ・マミー劇場だった気がします。

相手を引き立てすぎというか、
「脇役にもほどがあるだろっ!笑」
みたいな感じでした。

鶴見五郎の結婚、嫁や息子は?

結婚はされており、息子さんもいます。

息子さんはプロレスの興行を手がけた事もあります。

鶴見五郎は引退の際に
長男をプロレスデビューさせると発言していますが、
デビューしたかは不明です。。

鶴見五郎の入場曲は?

すみません!
鶴見五郎の入場曲は
どこを探しても不明です!

しかし、入場曲というものは、
鶴見五郎の所属していた国際プロレスが
一番最初に入場曲を使いだした説が強いです。

鶴見五郎関係なく余談となりますが、
その昔、初期のプロレスはレスラーは
入場曲なしに普通に入場していました。

いま考えると寂しい姿ですね・・

その後に全日本プロレスが
ミルマスカラスの入場時にスカイ・ハイを使用し、
ザ・ファンクスもスピング・トゥ・ホールドを、
アブドーラ・ザ・ブッチャーが
吹けよ風、呼べよ嵐と
入場は華々しくなりました。

鶴見五郎の試合動画

懐かしい鶴見五郎の試合動画です!

最後に

鶴見五郎は昭和時代の名脇役でした。

安定した生活よりも刺激のある方へ
行ってしまうような熱い漢です。

鶴見五郎は細々ながらも
長い間プロレスの世界で生きて来れました。

プロレス好きならば、
プロレスで飯を食っていける事は
幸せですよね。

現在も病と戦っていますが、
国際プロレスAgainですよ、鶴見さん!

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