プロレスファンの皆様、こんにちは
今回は「戦慄のアーム・ロッカー」の
異名を持つ岡田剛史選手を紹介します。
岡田剛史の試合動画や入場曲
出典元:http://blog.livedoor.jp/suidobashiisami/archives/5…
岡田剛史選手、プロレスデビューは
2015年4月とまだキャリアとしては
4年余りですが、プロ格闘家としては
2004年10月に修斗でデビューし、
キャリア15年とベテランの域に達しています。
そんな岡田選手のプロフィールはこちら
- リングネーム:岡田 剛史(本名同じ)
- ニックネーム:戦慄のアーム・ロッカー
- 身長:165cm
- 体重:98kg
- 誕生日:1979年9月4日(39歳)
- 出身地:広島県広島市
- 所属:TKエスペランサ
- スポーツ歴:レスリング、ブラジリアン柔術
- デビュー:2004年10月17日
身長から比べると随分と体重が
ありますが、画像で見る限り
太っているわけではないですね、
かなりの筋肉量ではないかと思います。
岡田選手、先述通り元々は修斗で
長らく活動していた選手でした。
2015年4月に自身が立ち上げた
修斗オフィシャルジム、TKエスペランサに
所属したままシアタープロレス花鳥風月に
参戦します。
こちらの団体、あまり知られていませんが、
新日を1度解雇された本間朋晃選手が
一時期所属したり、元・光GENJIの
大沢樹生さんがプロレスデビューした
団体でもあります。
修斗時代も含めどのような選手かは
試合をご覧ください。
まずは入場テーマからどうぞ!
https://youtu.be/Jtm6mdLJ4eI
続いては修斗での試合、対 青山忍選手
まだこの頃は体の線がかなり細いですね。
試合は一言で言うとかなりねちっこい、
相手が嫌がることをする試合スタイル、
組んだ状態であれだけ膝蹴りされると
嫌ですよね~、負けた試合でも
相手に楽に勝たせない印象が強いですね。
ではプロレスへ転向してからは
どうでしょうか?
ZERO1に登場した試合をどうぞ
こちらはNWA認定UNヘビー級
(念の為、全日のUNとは別物です)
王座に挑戦した時のものですが、
体型は修斗の頃よりも大きくなってますね、
グラウンドの攻防や投げ技は
ブラジリアン柔術やアマレスを
経験しているだけにキレがあり
美しいですが、やはりまだレスラーの
パワーに屈している感があります。
この他、動画はありませんが、試合で
葛西純選手がプロデュースした興行に
出場したり、鈴木鼓太郎選手や大仁田厚さんと
タッグで絡んだり、試合のない日はレフェリーや
修斗の試合の審判もされてるようです。
欲を言えばプロレスのリングであっても、
もっとベースである格闘色の濃い試合を
展開すればもっと存在感を
アピールできそうですね!
結婚はしてるの?彼女は?

出典元:https://twitter.com/hashtag/%E5%B2%A1%E7%94%B0%E5%…
髭があるので分かりづらいですが、
岡田選手よく見るとかなりイケメンです!
年齢も今年で40歳と結婚してても
不思議ではありませんので、
奥さんや彼女はいるのか気になり、
調べてみましたが、どこを探しても
それらしい記述や画像もありませんでした。
よって、今現在「結婚はしていない」と
思われます。
岡田剛史のTwitter、インスタがおもしろい!

出典元:https://twitter.com/okada244
岡田選手、自身の近況などをこまめに
ツイートしております。
ほとんどが大会のPRが多いのですが、
時折、こういうツイートも見れますよ!
https://twitter.com/okada244/status/1143637677364826112
Twitterだけでなく、Instagramでも
こんな優しい顔の画像が見れます!
一瞬、岡田選手のお子さんかな?と
思いましたが、知り合いのお子さんを
抱っこしていただけのようです。
どちらもとてもほんわかした内容なので
皆様も良かったらご覧になってくださいね!
まとめ

出典元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E7%94%B0%E…
11年間主戦場にしていた修斗のリングを
後にし、プロレスへと移った岡田選手、
プロレス入りを考えたきっかけは
なんだったのでしょうか?
修斗時代の戦績を調べていると
ある点に気づきました。
それは2011年と2013年、
試合をまったくしておりません。
ここからは調べがつかなかったので
憶測に過ぎませんが、怪我などに
悩まされた故のプロレスへの転向なのか、
それとも修斗自体が試合の開催が厳しい
状態であったのか、色々と考える所は
あります。
岡田選手自身の口から語ってほしいなと
思うところでもあります。
プロ修斗でのデビューも25歳と
割と遅い年齢でもありますし、
もうすぐ40歳になるので、
若手の年齢でもありません。
選手としては1日1日が勝負でしょうし、
2019年に入ってからは大会において
レフェリーの回数が多いことからも、
もしかしたら審判や指導者の道へと
考えているのかもしれませんね。
全力で動けるうちにドラゲーなどの
団体で体格的にも同じくらいの
選手との試合も観てみたいですね!
そこで見事なアームロックを
極めちゃってください!