引退後レスラー

マキ上田の現在は?ビューティ・ペアの解散理由や、結婚・旦那・子供は?

日本の女子プロレス界における
アイドルレスラーの元祖は?
という質問を投げかけた時に、
プロレスファンなら真っ先に
思い浮かべるのは
「ビューティ・ペア」でしょう。

ジャッキー佐藤とマキ上田
二人によるこのタッグは
女子プロレス界でもいまだに
伝説と語り継がれるタッグ
今では普通になっているような
歌手デビューや、試合前の
歌唱パフォーマンスはこの
2人から始まったようです

今回はこのビューティ・ペアの
マキ上田選手について
書いていこうと思います。

まずはマキ上田選手の簡単な
プロフィールから紹介します。

マキ上田選手は1975年に
全日本女子プロレスで
デビューしました。

タッグを組んでいた相棒の
ジャッキー佐藤選手より少しだけ
デビューが早かったようです。

1976年にビューティ・ペアを結成し
空前の人気を獲得します。

お二人がリング上で歌を歌うと
紙吹雪や紙テープでリングが
見えなくなるほどの熱狂的な
人気がありました。

また、人気だけではなく、実力も
しっかりと伴っており、
WWWA世界タッグ王座
獲得し、人気実力ともに、
プロレス界トップに躍り出ました。

「かけめぐる青春」、「真赤な青春」
といったヒット曲も生まれ、
その人気はお茶の間にも浸透しました。

そんななかマキ上田選手はシングルでも
WWWA世界シングル王座、
WWWAオールパシフィック王座
獲得し、シングルプレーヤーとしても
実力を発揮しています。

そして、タッグパートナーでもある
ジャッキー佐藤選手とのライバル関係
人気に拍車をかけました。

1977年に行われた
ビューティ・ペア対決は60分で決着が
つかず、判定でジャッキー佐藤選手が
勝利するという熱戦でした。

これにより、マキ上田選手は
WWWA世界シングル王座を失います。

そして、運命の1979年2月27日、
日本武道館大会において、敗者引退
という過酷なルールでマキ上田選手は
ジャッキー佐藤選手と再戦を行います。

この再対決もやはり熱戦となり、48分7秒
エビ固めで敗れマキ上田選手は現役を引退、
それと共にビューティ・ペアにも
終止符が打たれました。

この結果、デビューから4年間という
濃密な4年間のレスラー生活が幕を
とじたのです。

これだけのレジェンドレスラーですが、
現役生活は太く短くといった印象を
受けます。

マキ上田の現在は釜めし屋?旦那や子供は?

マキ上田選手は引退後、一時は
女優として活動しました。

主な出演作品として、引退直後に
スーパー戦隊シリーズの
「バトルフィーバーJ」に
悪の女性幹部役として出演しました。

その後は地元でもある鳥取で
スナックを経営されていたようです。

そして気になる現在、マキ上田選手は
東京の浅草におられます。

浅草の釜めしや、田毎というお店で
おかみさんをされているそうです。

この田毎さんは、浅草で名店と呼ばれ
浅草といえばの、ビートたけしさんも
通われるほどのお店だそうです。

なぜ釜めし屋のおかみさんを
されているのかというと、
このお店を経営されている方こそ、
マキ上田選手のご主人なんだそうです。

お二人はマキ上田選手の友達が浅草で
バーをオープンするということで、
鳥取から駆け付けた際に、
出会ったとのこと。

旦那さんはマキ上田選手の
ファンだったそうで、
猛烈なアプローチの末、ご結婚と
なったそうです。

旦那さんはマキ上田選手の11歳年上
再婚だったそうです。

お子さんもおられたそうで、
マキ上田選手は結婚と同時に2人の
子どもの母親にもなられたそうです。

ファンだった方と時を経てご結婚される
という、人生何があるかわかりませんね。

浅草に行った際にはぜひ田毎に
行って見られてはいかがでしょう?
もしかしたらマキ上田選手が
接客してくれるかもしれません

マキ上田とジャッキー佐藤

ビューティ・ペアとしてタッグを
組んでいたお二人、しかし私生活に
おいては決して仲がいいとは
言えなかったようです。

社交的なマキ上田選手と、
どちらかというと一匹狼的な
ジャッキー佐藤選手は価値観が合わず
私生活では1度も遊んだりしなかった
そうです。

先述した敗者引退マッチは、2人での
活動に限界を感じたマキ上田選手が
ジャッキー佐藤選手に相談せず、
会社に話した際に、会社から
それなら負けた方が引退することを
条件に解散を認めたそうです。

そして、ジャッキー佐藤選手は何も
知らされることなく、試合に臨み、
結果マキ上田選手は引退しました。

その後20年以上二人は会うことも
話すこともなかったそうです。

しかしジャッキー佐藤選手が亡くなる
約1年前に、お二人は初めて
2人で遊びに出かけたそうです。

ジャッキー佐藤選手は胃がんで
早くしてなくなってしまうのですが、
マキ上田選手には最後まで病気のことは
知らせずにいたそうです。

マキ上田選手をライバルだからこその
決断だったのではないでしょうか。

自分の弱いところは見せたくない
そんな思いがあったのかもしれません。

しかし、亡くなる前にお二人の時間が
取れたのも、お二人の間でなにか
感じるところがあったのかも。

いずれにせよ、語り合ったり
会うことだけが友情ではない
ということを我々に
感じさせてくれたと思います。

結び

女子プロレスを語るうえで
はずすことのできないタッグ、
ビューティ・ペア。

その中で、今もなお、その伝説を
お一人で継承し続ける
マキ上田選手。

釜めし屋のおかみさんとなった
今でもその輝きは失うことなく、
我々を楽しませてくれます。

その人生はまさしく
「かけめぐる青春」
と言えるでしょう。

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