引退後レスラー

谷津嘉章の現在や試合動画やテーマ曲!ジャンボ鶴田との関係は?

プロレスファンの皆様、こんにちは。
今日は往年の名レスラーであります
元祖・荒武者こと谷津嘉章さんについて
特集します。

谷津嘉章の現在は?


出典元:https://news.livedoor.com/article/detail/14040691/

かつてはタッグマッチにおける
名バイプレーヤーとして名を馳せた
谷津さん、若いプロレスファンは
晩年の谷津さんしかご存知ないかも
知れませんが、プロレス界入りした時の
谷津さんは、それはもうまさしく
鳴り物入りの超大型新人でした。

あくまで筆者の主観ですが、日本の
プロレス界において超大型新人と
言われたのは5名だけです。

坂口征二さん、ジャンボ鶴田さん、
本田多聞さん、小川直也さん、
そして谷津嘉章さんです。

なんといっても経歴が凄いです!

20歳の頃に出場した
モントリオール五輪では8位入賞。

そして、24歳の頃にモスクワ五輪の
代表に選ばれるも、日本が冷戦の影響で
ボイコットした為、残念ながら
出場できませんでしたが、出ていれば
金メダルは確実と言われていた逸材でした。

その後、新日本プロレスに入団した谷津さん、
なんとデビュー戦は日本ではなくアメリカ!
MSG(マディソン・スクエア・ガーデン)です。

しかも、デビュー年に藤波辰爾さんとの
タッグでWWFタッグ王座に挑戦するなど
超破格の待遇でした。

1年後に満を持して帰国し、日本マットで
デビューを迎えます。


出典元:https://hobby.red-cm.com/pro_wrestling/%E3%80%8C19…

タッグパートナーはアントニオ猪木
相手チームはなんとスタン・ハンセン、
アブドーラ・ザ・ブッチャー組という
当時の新日本の外人レスラー、トップ2の
タッグでした。

いやはや、当時のハンセンとブッチャーが
組むこと自体が考えられませんが、
そこにアマレスの実績があるとはいえ
新人の谷津さんのデビューの相手とは
どれだけ谷津さんが特別待遇だったのかが
わかると思います。

しかし、この試合は谷津さんは
2人によって血ダルマにされます。

(まあ当然ですが)
その後、再び渡米し、鍛えなおします。

戻ってきたときの谷津さんは
長州力さん率いる維新軍の一員として
徐々に頭角を現していきます。

長州さんがジャパンプロレスを旗揚げし
全日本プロレスへ移籍すると
そこに追随し、実質No.2となりますが、
長州さんが新日本へ出戻る際に袂を分かち
ジャンボ鶴田さんのタッグパートナーとして
世界タッグも獲得します。

いま思うとこの頃が谷津さんの
選手としての最盛期ではなかったでしょうか。

入場テーマと試合の方をどうぞ。

若い頃の三沢・川田組もかなり
しごかれてました。

その後、SWSの旗揚げに合わせて
全日本プロレスを退団、この頃より
団体内で揉めては移籍を繰り返す
流浪のレスラー人生を歩むこととなります。

40歳を過ぎてから総合格闘技にも
挑戦しましたが

観ておわかりと思いますが、まともに
トレーニングもしていない弛んだ
体で勝てるわけもありません。

このように何をしたいのかの方向性も
見えなくなってきました。

2010年に1度引退した後は
「はかた亭」という串焼き店を
神奈川県小田原市でオープンし、
「全国で美味いものを食べてきた自分の
舌を信じたかった」という通り、
120種類以上のメニューを取り揃えて
人気を得たようですが、2017年には
それも退かれています。

現在はドラディションDDT
年に1回ほどスポット参戦してはいます

しかし、還暦過ぎてもはやレスラーの
体つきではありませんね。

若い頃は鮮やかに決めていた投げ技も
角度がありません。

比べるのは失礼ですが70歳近くなっても
定期的に試合をこなしていた
この2人とは全く体が違います。

出典元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181228-000100…

時々、インタビューなどで出てきたと
思うと昔の暴露話をしてばかり、
やはり何をしたいのか、何が目的なのか
いまいち方向性が見えません。

ジャンボ鶴田との関係性は?


出典元:http://konjyaku.blog.jp/archives/1063836042.html

谷津さんのレスラー人生において
最大のタッグパートナーであった
ジャンボ鶴田さんとの関係性は
どうなんでしょうか?

インタビューでは鶴田さんの
オリンピック出場は出来レースだったとか
協調性がないとか否定的なことを
述べていますが(どうも他人の事を
悪く言う癖があるようです)

その実力に関しては認めています
「新日本のレスラーと比べて
大きいし技の重みが全然違う、
えらい所にきちゃったと思った」
らしいです。

決して仲は良くなかったのかもしれません。

しかしながら実力を認めていたということは
言い換えると尊敬していた
捉えても良いのではないでしょうか。

これからは暴露話だけではなく
ファンの胸が熱くなる
思い出話もしてほしいですね。