引退後レスラー

折原昌夫の現在や交通事故の怪我は?入場曲や試合動画!

全国三千万人のプロレスファンの皆様
こんばんは。

今回は、ミスター・トンパチ
折原昌夫選手を特集します。

折原昌夫選手の経歴は?


http://battle-news.com/?p=29205

いつまでもヤンチャなイメージが強い
折原昌夫選手ですが、気が付けば
キャリア30年近いベテラン
なのですね。時が経つのは早いです。

  • 身長175cm
  • 体重85kg
  • 誕生日 1969年6月16日(49歳)
  • 出身地 群馬県邑楽郡
  • 所属 MOBIUS
  • スポーツ歴 レスリング
  • デビュー 1990年2月22日
  • 得意技 ムーンサルトプレス

バックボーンとなるレスリングは、
関東学園大学附属高校で学びました。

その後、東京三洋電機に入社し、
実業団でレスリングを続けます。

全日本プロレスでデビュー


出展元:https://www.findgroundmates.com/media/1704366940820169217/BenILPagWIB

そして1989年、全日本プロレスに入門。
天龍源一郎選手の付き人を務めます

合宿所では、
小橋健太、
菊池毅、
北原辰巳(現北原光騎)が
すぐ上の先輩にあたります。

特に菊池毅選手とは、
レスリング時代からの知り合い。
この頃の合宿所では、小川良成選手が
とても厳しかったと言われています。

のちに小川良成選手が、若手選手と
控室で談笑しているのをみて、
こんなに丸くなったのか、と驚いた
と漏らしたそうです。

そして1990年2月22日、
全日本プロレス浜松市体育館大会での
対菊地毅戦でデビュー。

SWSに移籍

出展元:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11197491901

1990年7月、天龍源一郎選手を
追って、SWSに移籍。

レボリューションの一員として
SWS所属選手になります。

当時、まだ一介の若手に過ぎなかった
折原昌夫選手をSWSに呼ぶ際に、
天龍源一郎選手は、「雑用でも
何でも良いので使って下さい」
と、社長に頭を下げたそうです。

移籍を決め、合宿所を出ていく際、
同部屋だった菊池毅選手が、行くな!と
泣きながら止めた、
というエピソードがあります。

1992年メキシコに遠征に出発。

しかし直後に、SWSが解散し、
WAR、NOW、PWCの3派に分裂します。

折原昌夫選手は、
天龍源一郎選手率いるWARを選択。

新日本プロレスに参戦


出展元:http://kadrhosh.com/best_of_the_super_jr/

1993年に折原昌夫選手は、
新日本プロレス、ジュニアの祭典
トップ・オブ・ザ・スーパー・ジュニア
にWAR代表として出場。

ここまでは紆余曲折ありながらも
第一線を走り続けていたのですが。

WAR退団


出展元:http://blog.livedoor.jp/mistercacao/archives/50916322.html

1995年12月
引退と発表されてWARを退団。

その理由は
表向きは無気力試合。ですが、
精神的な問題、怪我、そして、
リング外での交際関係など、
いくつかの憶測があります。

翌年、石川孝志率いる東京プロレスに
マスクマン「月光」として登場。
「月影」(田村忍)とのタッグチーム
ヤングデストロイヤーズをで活躍。

1997年には自身の団体
メビウスを旗揚げ。

その後、みちのくプロレスでは
サスケ・ザ・グレートとして活躍。

この頃には、試合数も増え、
ヒールとして開花していたように
見えていたのですが。

みちのくプロレスのシリーズ中に
突然の失踪事件を起こします。

精神的問題でリングを遠ざかります。

その後は、復帰を果たすものの、
首の怪我に悩まされるなど、
本調子とは遠い戦いが続きます。

佐山サトルの言葉


出展元:https://miruhon.net/55996

そんな折原昌夫選手に火をつけたのが
接点の無かった佐山サトル選手。

まだできる、もったいない。

という言葉を貰い、
佐山サトル選手の元で練習を開始。

2011年3月
リアルジャパンプロレスのリングで、
復帰を果たします。

その後は、天龍プロジェクトへ参戦。

当時、欠場中だった
天龍源一郎選手が復帰するまで、
団体を盛り上げました。

交通事故と近況は?

出展元:https://twitter.com/hashtag/折原昌夫

折原昌夫選手は、またしても
不運に襲われます。

今年2月両国国技館での
ジャイアント馬場没20年追善興行に
出場予定だったものの、
乗車したタクシーが追突事故に遭い、
泣く泣く欠場します。

http://ジャイアント馬場没20年追善興行

現在も欠場中ですが、
回復に向かっているようです。

先日も先輩レスラーの
ザ・グレート・カブキさんの
お店に行った模様です。

まとめ


出展元:https://www.pintaram.com/u/junko.orihara/1539663240018388627_3172852715

全日本プロレスでデビューし、
紆余曲折の人生を歩んでいます。

今年はデビュー29周年でした。

まだまだ、活躍してもらいたいレスラーです。

それでは、
熱気あふれる邑楽町民体育館より、
ごきげんようさようなら!

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