引退後レスラー

田村潔司の現在や引退後は?入場曲は?結婚した嫁や子供は?

UWFを貫いた・Uの遺伝子・田村といえば
UWFというイメージしかないですよね。

しかし最近は表立った活動が
プロレス専門誌にあまり登場しなくなって久しいですね。

いまはいったいどうしているのか気になりますよね。

そこで今回は田村潔司さんについて
紹介していこうと思います!

田村潔司の現在の現在の活動は?!

「U-FILE CAMP」主宰

※ユーファイルキャンプとは
田村潔司がUWF、UWFインターナショナル
リングス、PRIDEなど20年以上のプロ格闘技選手
としての活動で培った技術を集約し
強くなるため・理想の体を作るための方法を
指導する格闘技ジムです。

現在は登戸、調布、大森の3つジムを拠点として活動しています。

結構流行っているみたいですね!

田村潔司の入場曲や試合動画

入場テーマ
Flame of Mind

UWFのメインテーマ

UWFの時代から見ている方はやはり
UWFメインテーマのイメージが強いですよね。

田村潔司の結婚した嫁や子供は?

嫁や家族は
奥さまは桜井悠美子さん。

とてもかわいい方ですよね!

2007年6月15日、桜井さんのblog上にて
田村潔司と婚約したことを発表しています

2007年7月7日に入籍し、同年の7月28日に
結婚披露宴が行われています。

桜井さんといえばファイティングTV
サムライのキャスターも勤めていましたね。

ちなみにお子さまはふたりいらっしゃるようです。

いずれ番組などで夫婦競演も見てみたいですね。

田村選手の印象的な試合

ではここからは私が思う
田村選手の印象的な試合を紹介していきます!!

1989年5月21日デビュー戦

デビュー戦は今思い返すと凄いですよね。

何が凄いかというと対戦相手が
あの鈴木みのるというのが凄い。

(ちなみに先日引退した新日本プロレスの
飯塚高史のデビュー戦の相手も
鈴木みのるというのも凄い)

新生UWFに田村選手が入門して
9か月というスピードで鈴木みのる相手に
デビューというのは期待されていた証拠でもあります。

ちなみに会場となったのは今は
取り壊されていてありませんが東京ベイNKホールです。
(ディズニーランドの裏にあり今でこそモノレールがあるが当時は輸送バスか歩き)

1989年10月25日前田日明戦

試合映像(参考)
第2次UWF時代 対前田日明
参考元URL:httpss://www.youtube.com/watch?v=WorpuBL1CCQ

この試合で田村は眼底骨折をして
約1年の欠場に追いやられます。

この試合は前田が潰しにいったのか
憶測を当時は呼びましたね。

1995年8月18日ゲーリーオブライト戦

メインを任されたリングで
「僕は胸をはって高田さんに挑戦したい。僕と真剣勝負をして下さい!」

と、高田伸彦に下剋上の挑戦状をするも
田村のマイク・アピールは虚しくも
届かず高田は対戦をしなかった

のちに高田とはすれ違いのまま
Uインターは経営難から新日本との対抗戦へ突入する形へ。

田村は干されて試合を組まれない状況に。

1996年12月9日対パトリックスミス戦

K-1という舞台での対戦。

負ければ引退も考えていたという
バーリートゥードでの一戦。

VTと略されますが当時は
パンクラスが各会場で超満員の観客を集め
世の中はK-1も人気で格闘ブームが
巻き起こっている中での勝利は
このあとの田村選手には分岐点の一戦になったと思われます。

長井満也戦

参考元URL:httpss://www.youtube.com/watch?v=YfkLCQV1IeM

今では貴重な対戦相手の
長井のU時代の映像にも注目。

1998年12月23日山本健一戦

参照元URL:httpss://www.youtube.com/watch?v=5TuIP4pqbMI

山本選手がUWFインターから
ゴールデンカップス、キングダムを経て
リングス入りしていますが
当時のエース田村に対戦表明をし実現するという注目の試合

ヴァンダレイ・シウバ戦

参照元URL:httpss://www.youtube.com/watch?v=x9dZj3_EDUM

PRIDE初参戦の一戦。

2002年11月24日高田延彦戦

物議を醸した「真剣勝負してください」
発言から約7年。東京ドームという舞台で
しかも高田延彦の引退試合という注目の一戦。

Uインターとリングス2つに分かれたUの魂が
「高田延彦ラストマッチ」で遂に
交差した戦いは師弟対決という
枠を超えて田村の右カウンターで壮絶な失神KOという結末に。

意識を取り戻した高田は微笑んで
田村を抱き寄せ、田村の目からは
涙がこぼれ落ちるという感動のフィナーレ。

壮絶な真剣勝負を通して
2人の間にあった距離が急速に縮まった一戦です。

総括

意地を貫き通す唯一の選手であり
あの伝説の新日本プロレス対
UWFインターの全面対抗戦でも頑として出場せず
高田伸彦が武藤に破れてUが負けた日など
当時は言われたが今思えば
この姿勢はそれで正しかったのではないかと思う。

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