引退後レスラー

マイティ井上の今現在や猪木との関係は?現役時の必殺技や試合動画!

プロレスファンの皆様、こんにちは。

今日はオールドファンにとっては
懐かしの名レスラー、マイティ井上さんを
特集します。

マイティ井上の現在は?

出典元:https://www.toudoukan.com/shop/goods/$/id/1018697/

まずはマイティ井上さんが現在、
どう過ごされているのか?
過去の経歴と共に追ってみました。

1967年に国際プロレスでデビューした
マイティ井上さん。

同プロのエースに抜擢された時期も
ありましたが、1981年に残念ながら
団体が崩壊し、全日本プロレス
阿修羅・原選手や冬木弘道選手達と移籍します。

1998年に現役引退後、レフェリーとして
同団体に留まり、その後にノアへ移籍
2010年にレフェリーからも引退し、
退団されています。

現在は宮崎県にお住いのようですが、
マイティ井上さんがなぜ、縁も所縁もない
宮崎県に住んでいるのか、調べましたが不明でした。

退団間もない2011年頃は
暇を持て余し、釣りなどをしていた
ようですが、現在は時折、
トークイベントなどに出られては
レスラー時代のエピソードを
楽しく話されているようです。

アントニオ猪木との関係は?

出典元:https://miima.jp/7467

「マイティ井上さんと猪木さんの仲」
に関して考察しました。

実はマイティ井上さん、昔から
アントニオ猪木さんをというより
新日本プロレスをとても嫌ってます。

果たしてそれはなぜなのか?

その答えは国際プロレスが
新日本プロレスとの対抗戦に
挑んだ頃まで遡ります。

当時、アニマル浜口さんとのコンビ
IWAタッグ王者だった井上さん。

国際プロレスを代表すると言っていい
タッグチームでした。

その二人が当時の新日本の名コンビ、
ヤマハブラザーズ(山本小鉄、星野勘太郎)
と対決します。

40年以上も昔の試合なので
映像が残っていませんでしたが、
とても凄まじい意地と意地の
ぶつかり合いのような試合でした。

最後はマイティ井上さんがギブアップし、
試合は決着しますが、真相は
ギブアップを「した」のではなく、
「させられた」らしいのです。

ですが、元々プロレスラーの中でも
かなり気が強かったマイティ井上さん、
エースを退いたとはいえども、
当時の国際プロレスの2、3番手の
ポジションであり、この当時、
NWAと並び世界最高峰と言われた
AWAのベルトに挑戦したプライドを
この1戦でズタズタにされたと言えます。

この件依頼、マイティ井上さんは
新日本プロレスとアントニオ猪木さんに
嫌悪感を持つようになったようです。

お互いに現役を退いた今、
猪木さんとの接点もないので
両者が和解することはないのかもしれません。

現役時代の必殺技は?

http://www.showapuroresu.com/waza/sunset.htm

マイティ井上さんの必殺技として
真っ先に思いつくのは
やはりサンセット・フリップでしょう。

仰向けの相手に前転しながら放つ、
セントーンのような技です。

若い頃には短い助走で高くそして
早く回転していました。

それともう1つ、よく使っていた技が
フライング・ショルダーアタックです。

こちらも外人レスラーに負けないくらい
高く飛べていました。

マイティ井上さんの勝ちパターンとして
フライング・ショルダーアタックからの
サンセット・フリップでフォールという
流れが多かったようです。

マイティ井上の試合

それではここでマイティ井上さんの
懐かしの雄姿を観ていただきましょう。

まず国際プロレス時代の全日本プロレスとの
対抗戦、パートナーはアニマル浜口さん、
相手はサムソン・クツワダさんと
高千穂明久(のちのザ・グレート・カブキ)です。

動画が古く、やや粗いですが、
俊敏な動きで相手を翻弄してますね。

高千穂さんもこの頃にはカブキの動きが
みられますね!

続いては「千の顔を持つ男」
ミル・マスカラスとのIWAヘビー級
選手権試合です。

いかがでしょうか?
この当時のマイティ井上さんの
スピードやテクニック。

敗れはしましたが、高さだって
決して引けを取りませんよね。

続いてはJr.ヘビーとしての
試合をご覧ください。

ヘビー級だとどうしても体格や
パワーで分が悪いマイティ井上さんですが、
本来のJr.ヘビー戦線だと現役晩年に近い
この頃でも十分に強いことがわかります。

まとめ

「記録より記憶に残る選手」

印象が強いマイティ井上さん。

今のファンの方からしてみたら
決して派手な選手ではないのかも知れません。

しかし、上述した技などは、
当時は使える選手もほとんどおらず、
日本人レスラーとしては有数の
空中技の使い手であったのは
間違いありません。

また、その気の強さからも
名勝負を幾つも魅せてきてくれた選手でした。

願わくば、お互いに全盛期の状態で
星野勘太郎さんとの喧嘩マッチが
観たかったですねー。

現在70歳、宮崎の地でお元気に
過ごしていただきたいと思います。

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