ノア

ラッシャー木村のマイクでの名言!最強?や結婚した嫁や息子は?

プロレスファンの皆様、こんにちは
今回は懐かしの名レスラー、
ラッシャー木村さんについて
特集していきます。

ラッシャー木村の名(迷)言


出典元:http://kuro.pinoko.jp/pro/w8092.htm

ラッシャー木村さんといえば!

そう、試合後のマイクパフォーマンスですね!
一体、どんな語録を残したのでしょう?

そもそも国際プロレス時代は寡黙な
レスラーだった木村さん、ところが
とあることからお客さんを失笑させるのです。

国際プロレスが崩壊し、新日本プロレスへ
参戦した木村さん、リングに上がり
その第一声は…ご覧ください。

そう、マイクを向けられた木村さんが
まず言ったのは「こんばんは」だったのです。

この当時から今に至るまでレスラーが
マイクで話すときというのは
「おい!〇〇!」など威勢のいい言葉が
殆どですが、木村さんは元々が非常に
律儀な性格の方のため、
「初めてのところに行ってきちんと
挨拶するのは当然なのに、なんで
笑われなくちゃいけないんだ」
言っていたそうです。

その時はそれきりで新日本プロレスでは
マイクアピールすることなど
ほとんどありませんでした。

その後、第一次UWFから全日本プロレスに
移籍、G.馬場のタッグパートナーに
選ばれるも仲間割れし、国際血盟軍を発足し、
徐々にマイクアピールが浸透してきます。

初めこそ挑発的なマイクアピールでしたが、
やがてアピールがパフォーマンスへと変化します。

では、マイクパフォーマンス集をどうぞ!

いや~何度観ても爆笑してしまいます。

よくもまあこんなに色々考え付くな~と
思ってましたが、根がまじめだけに
トレーニングと同じくらいに
入念にリサーチして喋る内容を
考えていたそうです。

ある時は、観戦に来ていた志村けんさんを
目ざとく見つけ、試合後に志村さんに対し
独身の渕正信選手の話を出して
「いい人がいたら紹介してやってください」
叫んだり、当時はまだ現役だった
原辰徳さんも名指しされた事がありました。

でも、皆さん怒るどころか、むしろ喜んで
笑ってるんですね~。

これも木村さんの人徳なんでしょうね!

ラッシャー木村は実は最強?

https://plaza.rakuten.co.jp/jyoudankeri/diary/2017…

選手生活の後半こそ、笑いをとる
プロレスにフェードアウトしていった
木村さん。

それでも、若い頃には「金網デスマッチの鬼」
と呼ばれて、その異名通り
金網デスマッチで負けたことはありませんでした。

黒のタイツに大相撲出身らしい
がっしりした体格といかつい顔
第2の力道山と呼ばれたのもこの頃です。

マイクパフォーマンスの面影もなく、
国際プロレス時代の木村さんは
紛れもないエースでした。

では、入場テーマと試合をどうぞ!

まずはジプシー・ジョーとの金網デスマッチ
このレスラーもかなりタフでした。

続いてはブラックジャック・マリガンとの
シングルマッチ、この試合も流血戦です。

晩年のラッシャー木村さんしかご存知ない
ファンの肩には新鮮に映りませんか?

木村さん、凄くタフで強かったんです。

逆水平チョップの威力は天龍源一郎さんに
「丸太で叩かれたような衝撃だった」
言わしめるほど、強烈でした。

この当時の男子のプロレス団体は
全日本、新日本、国際の三団体だけの
時代でしたが、それぞれに特色がありました。

レスラーの受けの強さを出して
外国人vs日本人の図式が多かった全日本
「過激なプロレス」を売りに攻撃面や
軍団闘争の多かった新日本
そして国際はというと先ほど
ご紹介したようにどことなく薄暗い
照明の下、リングも他の団体と比べ
古く見え、流血戦や金網デスマッチの多い、
いまのインディ団体の元祖のような
感じでした。

でも決して他団体に劣っていた訳ではありません。

木村さんを始め、アニマル浜口さんや
マイティ井上さん、阿修羅原さん、
冬木弘道さんなど国際プロレスから
他団体に移籍し、活躍した選手は多くいます。

そんな猛者たちの中、エースに君臨していた
木村さん、実はこの当時の日本の
プロレス界で最強ではと噂されてました。

あまり知られてはいませんが木村さんは
サンボの名手、関節技においては
藤原組長と並び1,2の使い手でした。

また、鉄人ルー・テーズに「馬場、猪木、
木村の中で誰が最強か?」と問うと
「相撲とレスリングをマスターしている木村だ」と
即答したそうです。

全盛期の時が三人とも違いますから
比べようがありませんが、今の時代なら
もしかしたら実現したかもしれませんね。

ラッシャー木村の嫁や息子は?


出典元:http://para080.livedoor.biz/archives/2010-05-27.ht…

リングではマイクパフォーマンスで
人気を博した木村さんですが、
実はとても寡黙で喋らない人、
プライベートも語ろうとしませんでした。

そんな木村さん、実は海外修行時に
パリの日本食レストランで、
奥様と出会い、結婚されてます。

奥様には二人の連れ子がいて、
次男の方が宏さんという名前のようです。

義理とはいえど息子さんを
アメリカ留学までさせてあげたそうです。

「やりたいことをやったらいい」
快く送り出してあげたそうです。

寡黙だけど優しい「昔ながらの父」
だったんでしょうね!

まとめ


出典元:http://kuro.pinoko.jp/pro/w809.htm

ノアで現役を引退した後は
レスラー仲間の誰とも会おうとしなかった
木村さん。

病に倒れたという理由だけでなく、
それまでに苦労をかけたご家族と
一緒に過ごしたかったのでしょう。

誤嚥性肺炎により68歳の生涯を終え、
ご家族だけで葬儀を済ませました。

しかし、ノアが主催したお別れの会には
多くの仲間が駆けつけ、その死を悼みました。

アニマル浜口さんの弔辞の言葉で
この特集を終わります。

「プロレス界はあなたを忘れることはありません」

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